第27章 【幕間】神田/月影の楽園 前編
けれど女は怒るどころか、楽しそうに笑う。
そして私へちらりと視線を向けた。
「お姉さん、大変そうね」
「……慣れてるわ」
私が苦笑すると、女は声を上げて笑った。
その横で、神田が露骨に不機嫌そうな顔をする。
その時だった。
――しゃらり。
鈴の音。
酒場奥の薄暗い通路を、赤い布が一瞬だけ横切った。
私は反射的に顔を上げる。
長い黒髪。
顔半分を隠すヴェール。
けれど、次の瞬間にはもう姿は消えていた。
喉の奥が、強く脈打つ。
嫌な気配だけが、静かに残っていた。
「今、奥に誰かいたわ」
ナジームが振り返る。
だが、薄暗い通路には踊り子達が忙しなく行き来しているだけだった。
「この店には踊り子が何十人もいます。その中に紛れている可能性もありますが……」
「……チッ」
神田が小さく舌打ちする。
「視線が多過ぎる」
確かに、この店へ入ってから妙に見られている気がした。
異国人だから。
銀髪だから。
それだけではない。
もっと粘つくような視線。
品定めされているみたいな、不快な気配。
その時。
「お姉さん、飲む?」
先程の踊り子が、いつの間にか私の隣へ戻って来ていた。
琥珀色の酒が入ったグラスを差し出してくる。
「ありがとう。でも――」
断ろうとした瞬間、神田の手が先にグラスを掴んだ。
そのまま卓上へ戻す。
カツン、と硬い音が響いた。
「……今はやめとけ」
低い声。
踊り子の女が、不思議そうに首を傾げる。
「何? お兄さん、過保護」
「違ぇ」
即答。