第26章 【第二十五話】終幕なき夜・後編
劇場を出た瞬間、凍てつく夜気が肌を刺した。
暖かな舞台上から一転し、冬のパリの空気が裂けた袖と薄いドレスの隙間へ容赦なく入り込んでくる。
「っ……」
思わず肩が震えた。
その時だった。
「……着ろ」
低い声と同時に、黒い布が無造作に投げ渡される。
慌てて受け取る。
神田の団服だった。
私は目を瞬かせた。
「え……」
「そのまま歩く気か」
不機嫌そうな声。
神田は黒いTシャツ姿のまま、こちらを見ようともしない。
「でも、神田が寒いでしょう」
「うるせぇ。いいから着ろ」
取り付く島もない返事だった。
私は小さく苦笑しながら、その団服を肩へ羽織る。
厚い生地。
まだ微かに残る体温。
冷えていた肩が、ゆっくり温まっていく。
「……ありがとう」
小さく告げる。
神田は答えない。
ただ、前を向いたまま歩き出した。
その歩幅は、いつもより少しだけ緩やかだった。
私を振り切らない速度。
石畳を踏む靴音だけが、静まり返ったパリの裏通りへ響いている。
少し後ろから、トマの声がした。
「宿の控え室へ戻れば、団服へ着替えられます。列車の出発まで時間もありますから、傷の手当ても済ませましょう」
「分かったわ」
私は答えながら、神田の背中を見た。
一度も振り返らない。
けれど、私が遅れれば僅かに歩調が落ちる。
それを指摘すれば、きっと不機嫌になるのだろう。
だから私は何も言わず、借りた団服の襟元をそっと掴んだ。