第26章 【第二十五話】終幕なき夜・後編
「ほう……?」
私は一歩だけ距離を詰める。
「この舞台を、ただの見世物で終わらせるのは惜しいわ」
声を落とす。
「もし本当に、失った人を求める者達へ届く舞台を望むのなら……私に歌わせて」
静かな沈黙。
男は数秒、私を見つめた。
やがて。
「……面白い」
低い声が落ちる。
「ちょうど幕間に予定していた歌手が、急な体調不良で出られなくなってね」
わざとらしい言い方だった。
本当に体調不良なのか。
それとも、既に何かへ巻き込まれたのか。
胸がざわつく。
「君が本物なら、客はすぐに分かる」
男はゆっくり手を差し出した。
「今夜の幕間で、一曲歌ってもらおう。そこで私の期待に応えられたなら……次の幕で、君を我々の悲劇へ迎え入れよう」
私は小さく微笑んだ。
「光栄だわ」
男の手へ、自分の指先を僅かに触れさせる。
その瞬間。
喉の奥で、『ニルヴァーナ』が鋭く脈打った。
冷たい。
この男の奥にあるものは、人の悲しみへ寄り添う感情ではない。
壊れていく人間を見て、喜ぶ者の匂いだった。
「では、準備を」
男は満足そうに笑い、スタッフへ声を掛ける。
私は静かに踵を返した。
舞台袖へ向かう途中。
柱の影へ、一瞬だけ視線を向ける。
そこには、腕を組んだ神田が立っていた。
険しい顔。
先ほどまで支配人が私を見ていた場所へ、射抜くような視線を向けている。
今すぐ斬り捨てたいとでも言うような顔だった。
けれど、彼は動かなかった。
私は小さく頷く。
神田の眉間の皺が、さらに深くなった。