第26章 【第二十五話】終幕なき夜・後編
劇場の内部は、息が詰まるほど豪奢だった。
赤い絨毯。
天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。
香水と酒と、興奮に火照った人々の匂い。
けれど、その華やかさの奥には、腐った水のような冷たさが沈んでいる。
私は協力者から受け取った紹介状を手に、舞台袖へ続く廊下を進んだ。
神田は少し離れた影の中を歩いている。
彼は護衛という名目で同行していたけれど、支配人へ接触するまでは目立たないよう距離を置く手筈だった。
舞台裏へ到着すると、黒い燕尾服を着た男がこちらを待っていた。
白髪混じりの髪を撫で付け、細い口元へ上品な笑みを浮かべている。
けれど、その目は笑っていなかった。
「君が、紹介状にあった歌い手かな?」
「ええ」
私は柔らかく微笑む。
「今夜の舞台に相応しい声をお探しだと伺って」
男の瞳が、私の顔から喉元、そして深紅のドレスへゆっくり落ちる。
値踏みするような視線。
胸の奥で、嫌悪感がざらりと広がった。
けれど、私は微笑みを崩さない。
「……なるほど」
男の口元が、僅かに歪む。
「確かに、見目は悪くない。だが、我々が求めるのは、ただ美しいだけの歌ではない」
「承知しているわ」
私はそっと喉元へ手を添えた。
「悲しみを知らない声では、死者を想う心へは届かないでしょう?」
その瞬間。
男の瞳に、初めて興味が宿った。