第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
少年の名は、アレンといった。
それを知ったのは、彼が屋敷へ運び込まれた翌朝のことだった。
師匠は一晩中、アレンの部屋にいた。
マザーと共に傷の処置をし、熱に浮かされて身体を捩る彼を押さえ、何度も濡らした布を取り替えていた。
私は廊下の端で、湯や布を運ぶことしかできなかった。
部屋の中から聞こえるのは、声にならない呻きと、苦しげな呼吸。
時折、聞き取れないほど掠れた音が漏れる。
誰かの名を呼んでいるのだと分かったのは、何度目かの夜だった。
「……マ……ナ……」
潰れた喉から零れた、かすかな声。
ベッドの上で、アレンは汗に濡れた身体を丸めている。
左顔はまだ酷く腫れ、傷口の周囲は赤黒く痛々しいままだった。
それでも、彼は泣かなかった。
声を上げる力さえ失ったように、ただ掠れた呼吸だけを何度も漏らしている。
その様子を見下ろしていた師匠が、ゆっくり煙草を口から外した。
「……マナ、か」
その名を聞いた瞬間、アレンの身体が大きく震えた。
声を上げようとしたのかもしれない。
けれど、喉は既に潰れていた。
ただ掠れた息だけが、何度も苦しそうに漏れる。
私は扉の外で、手にしていた水差しを強く握り締めた。
何もできない。
部屋へ入って声をかけることも、痛みに触れることもできない。
ただ、彼の呼ぶ名前が、もう届かない相手のものなのだということだけは分かった。
「ティファ」
背後からマザーに呼ばれる。
振り返ると、彼女は皺の寄った手で、小さな盆を持っていた。
薄いスープと、水。
「これを中へ」
「……私が?」
「扉の前で突っ立ってるくらいなら、少しは役に立ちな」