第7章 【第六話】この世界に繋ぎ止めて
「……遠い場所よ」
それが、精一杯だった。
アンナは小さく首を傾げる。
「わたし……ひとりなの?」
胸の奥が、さらに深く沈んだ。
私は彼女の手を包む指へ、ほんの少しだけ力を込める。
「今は、ひとりじゃないわ」
アンナは私の手を見た。
それから、布人形へ視線を落とす。
暫く黙っていた唇が、頼りなく開いた。
「……おかあさん、って……」
心臓が強く打った。
「……ええ」
「……だれ?」
世界から、音が消えた気がした。
霧の中で確かに聞いた声。
――おかあ、さん。
消えかける恐怖の中で、最後まで呼んでいたはずの言葉。
光へ還っていく母親へ、アンナは手を伸ばしていた。
それなのに、その存在さえ、今のアンナの中では形を失っている。
死者を縛りつけていた歪んだ術は、壊されたあとも、この子から奪ったものを戻してはくれない。
指先から、体温が引いていくようだった。
それでも、この子の前で崩れるわけにはいかなかった。
私はゆっくり息を吸い、アンナの手を両手で包み込む。
「……あなたを、とても大切に想っていた人よ」
「……わたしを?」
「ええ」
アンナの瞳が、僅かに揺れた。
「その人は、最後まであなたを見ていたわ」
声が震えそうになる。
けれど、何とか飲み込んだ。