第7章 【第六話】この世界に繋ぎ止めて
「あなたが生きていてくれることを、きっと願っていた」
アンナは何も言わなかった。
分からないものを見るみたいに、ただ私を見つめている。
その空白の瞳が、どんな刃より深く胸を抉った。
縛られていた魂を、苦しみから解放することはできた。
消失へ引きずり込まれかけていたアンナを、この世界へ残すこともできた。
けれど、奪い去られた過去までは取り戻せなかった。
母親の顔も。
声も。
その人に愛されていた記憶さえも。
「……ごめんなさい」
気付けば、小さく零れていた。
アンナは、不思議そうに私を見た。
「どうして……あやまるの?」
答えられなかった。
送り出すことが救いだったと、頭では分かっている。
あのまま母親の魂を縛りつけていれば、アンナ自身も消えていた。
苦しむ魂を現世へ留めることは、救いではない。
それでも。
この小さな手から、母をもう一度遠ざけたのは、私の歌だった。
「……大丈夫よ、アンナ」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
「あなたは、ここにいるから」
アンナは暫く私の顔を見ていた。
それから、布人形を胸元へ引き寄せる。
覚えているからではない。
ただ、私が大切なものだと告げたから。
その事実が、余計に苦しかった。
私は彼女の小さな手を離すことができないまま、静かな医務室で長い時間を過ごした。