第5章 【第四話】黒衣に宿る祈り
「……ええ」
私は袖口へ添えていた指を下ろし、神田を見返した。
「そのつもりよ」
神田の目が、僅かに細くなる。
数秒の沈黙のあと、彼は鼻で小さく息を吐いた。
「……ならいい」
それだけを残し、神田はその場を通り過ぎていった。
遠ざかる背中を、私は黙って見送る。
不器用な忠告だったのか。
ただ、冷たい現実を突きつけただけなのか。
今の私には分からない。
けれど、その声の奥で軋むような響きだけが、妙に胸へ残った。
「もう……神田ったら、あんな言い方しなくてもいいのに」
リナリーが困ったように呟く。
「でも、あいつなりに認めてんじゃね?」
ラビが、軽く言った。
「ユウ、どうでもいい相手なら、わざわざ声もかけねぇし」
「そうなの?」
「多分な」
曖昧に付け加えて笑うラビの声は、先ほどまでより少しだけ柔らかかった。
私はもう一度、鏡の中の自分を見る。
黒の団服。
銀の縁取り。
左胸の紋章。
肩へ添えられた静かな光。
長く落ちる裾の奥に隠された、戦うための形。
その姿は、確かにこれまでの私とは違う。
けれど、服を纏っただけで強くなれるわけではない。
母を救えなかった痛みも。
アレンを遠くへ残してきた寂しさも。
ヘブラスカから告げられた、不吉な言葉も。
すべて、胸の中へ残ったままだ。
それでも。
私はゆっくりと背筋を伸ばした。
この服で戦う。
この喉に宿る力で、救えるものへ手を伸ばす。
その先に、どんな運命が待っていたとしても。