第41章 【第三十六話】記録者の帰る場所
「……分かったさ」
掠れた声で、答える。
その隣で、リナリーが、恐る恐る膝をついた。
ティファの胸元へ目を落とし、その微かな上下を、指先で確かめる。
「……息、してる」
震える声だった。
その一言で、張り詰めていた場の空気が、ほんの少しだけ緩む。
瓦礫の奥で、ティキの黒い力が、再び膨れ上がっていた。
クロスは面倒そうに舌打ちし、鎖に巻かれた黒い柩へ手を掛ける。巻きついていた鎖が、じゃらりと音を立てて外れた。
「a(アバタ)、u(ウラ)、m(マサラカト)――導式解印(オン・ガタル)」
柩の表面に刻まれた文様が、淡く浮かび上がる。
「聖母ノ柩(グレイヴ・オブ・マリア)限定――解除!!」
黒い柩が開き、中から一人の女性が現れた。
黒いドレス。
長い髪。
顔の上半分を覆う、蝶の羽のような赤黒い花弁。
人形のように美しいその女性が、ゆっくりと唇を開く。
「聖母ノ加護(マグダラ・カーテン)!!」
クロスの声と同時に、女の歌が響いた。
澄んだ旋律が広がり、ラビたちの周囲を見えない膜が覆っていく。
身を起こしたティキの視線が、宙を滑った。
すぐそこにいるはずの彼らを、捉えられていない。
「……来るぞ」
クロスの低い声と同時に。
理性を失ったティキの黒い衝撃が、弾けた。
衝撃が結界の外側を掠め、空間が激しく揺れる。
ラビは咄嗟に身を捻り、腕の中のティファを庇うように抱え込んだ。
白い頬に、瓦礫の欠片ひとつ、触れさせたくなかった。