第23章 演劇祭
物語はまだ悲劇へ落ちていく前。
誰にも知られず。
誰にも祝福されず。
それでも二人だけは確かに幸せだった時間。
ロレンス神父の礼拝堂。
祭壇の前。
静かな鐘の音が響く。
観客席も不思議なほど静かだった。
みんな知っている。
この先に待つ結末を。
だからこそ。
今この瞬間の幸せが眩しい。
神父役の教師が厳かに言う。
「互いを夫婦として認め、生涯愛し続けると誓いますか」
ロミオが顔を上げる。
轟の視線は真っ直ぐだった。
迷いがない。
「誓います」
短い。だが力強い。
次にジュリエット。
ユカリは少し微笑んで答える。
「誓います」
柔らかな声。
礼拝堂の空気がさらに静まる。
神父が頷く。
「では、愛の証を」
台本では。
ここで手の甲への口づけ。
それが決められていた。
観客も。共演者も。
みんなそう思っていた。
舞台袖。
出久も見守っている。
環も。
ミッドナイトだけは黙っていた。
轟はゆっくりとユカリへ向き直る。
ユカリも自然に手を差し出そうとして――
止まる。
轟が手を取らなかったから。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
ユカリの目が揺れた。
轟は静かに見つめている。
ロミオとして。
そして。
どこか轟焦凍としても。
ミッドナイトの言葉が脳裏を過る。
――見せなさいよ。
――俺が奪ってでも幸せにしてやるって覚悟。
轟は息を吐く。
逃げない。
目を逸らさない。
そして。
そっとユカリの頬へ手を添えた。