第5章 笑顔の裏側
「……君を殺すのは、、まだやめておくよ」
放れた唇が静かに告げた。
「どうして…?」
「それは……」
「こんな所にいやがった!!!!!」
神威の声よりも先に、突如、大声が辺りに響いた。
「ったく。どこで油売ってるのかと思ったら…。もう少し団長らしく振舞ってもらいたいもんだよ。」
「なんだ、阿伏兎か。」
「なんだ…じゃねーよ。この、すっとこどっこい!」
え?
な、何?
どうなってるの?
私たちの前に現れたのは、前にお店で見かけた片腕の男。
阿伏兎と呼ばれたその男は、神威よりはるかに年齢も体格も上回っているように見えた。
「ん?あんたあん時のお嬢ちゃんじゃないか。うちの団長が世話になったな。」
「はぁ…。えっと…団長?」
阿伏兎さんは、呆れながらも、自分たちの事、吉原の事、神威の事…色々と話してくれた。
その横で終始ニコニコと神威は笑っている。
「さ。船に戻るぜ、団長」
「わかってるよ。」
まるで、今までのやりとりが全てなかったかのように、神威はあっさりと私に背を向けた。
立ち去る二人を、私は無意識に引き止めていた。
「神威様!私、その…」
「また来るよ。それまで、俺との約束、やぶったらダメだよ。」
約束?
そんな約束、いつ?
私の表情から感じとったのか、神威がもう一度近づいてきて…
「時雨は俺のものだから。」
耳元でそっと囁いた。
あまりに優しい声に驚く私を残し、阿伏兎さんを追いかけて行く。
耳に残る熱が、夜風に吹かれて不思議と心地よかった。