第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
「ベッドを用意しても、あいつはそこで寝ようとしなかった。別に何を使ったっていいはずなのに、決まって服やタオルばかり集めてたんです」
「…………」
「あれは隠れてたんじゃなくて、姑獲鳥といた頃の『巣』を再現してたんじゃないですか」
五条先生が顎に手を当て、記憶を辿るように上へ視線を向けた。
「……そういえば。十年前、僕がを保護した時のことなんだけどね。あの時も、大量のシーツや服が山積みにされてた。当時はただ、手当たり次第にかき集めてるだけだと思ってたんだけど……」
すると、横で黙って聞いていた伊地知さんが、ハッとしたように手元の資料をめくった。
「さんの実のお母様ですが、ご実家がクリーニング店を営んでいたようなんです」
「なるほど……単なる鳥の習性だと思ってたけど、生前の記憶が影響してるのかもしれない。もしそうなら、今回も大量の布を集めてる可能性がある。を連れ戻した以上、また同じような巣を作ろうとするだろうしね」
そう言うと、五条先生は伊地知さんに向き直った。
「現場周辺に、衣類や布製品を大量に扱う施設ってない? できれば、人の出入りが少ない場所」
「……少々お待ちください」
伊地知さんがパソコンを開き、資料を確認し始めた。
「……ありました。現場からそう遠くない場所に、数年前に廃業したクリーニング工場があります。ただ、現在の内部の状況までは確認できません」
「十分。伊地知、車を用意して。すぐに向かう」
「は、はい! ただちに!」
伊地知さんが資料を抱え、慌ただしく会議室を出ていく。
「恵、行くよ」
「……はい」
俺はもう一度、ノートに目を落とした。
『す』
ひどく乱れた、たった一文字。
頼む。
これが、の残した手がかりであってくれ。
ノートを閉じ、五条先生の後を追って会議室を出た。