第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
『す』
……また、『す』?
いつものあいつの字とは思えないほど、線が乱れている。
おそらく、姑獲鳥と遭遇した時に書いたものだろう。
何かを伝えようとして、途中で書けなくなったのか?
す。
好……いや、違うか。
今はそんなこと考えてる場合じゃねぇ。
じゃあ、何だ?
すぐ?
『すぐ来て』ってことか?
いや、どこにいるかも分からないのに、それだけ伝えてどうする。
それとも、何かの名前か?
場所か……。
くそっ。
たった一文字じゃ、分かんねぇ。
考えろ。
が、あの状況で伝えたかったことは何だ?
「姑獲鳥の結界って、ちょっと特殊なんだよね」
「……特殊、ですか?」
「うん。周囲の建物や物を取り込んで、その内側に自分だけの空間を作るんだ。呪力も建物自体に薄く馴染ませてるから、外からは元の景色とほとんど変わらない。場所の見当もつかない状態じゃ、僕でも見つけるのは骨が折れるよ」
伊地知さんと五条先生の会話が耳に入る。
……周囲にあるものを取り込んで、自分だけの空間?
そういえば、が五条先生に保護されて間もない頃。
あいつはよく、家中から服やタオルを集めていた。
津美紀が畳んだばかりの洗濯物や俺の脱いだ服まで持ち出して、部屋の隅に積み上げる。
そして、その真ん中に丸まって寝るんだ。
何度片付けても、次の日にはまた同じことをする。
最初は何やってんだこいつって思ってたけど、狭い場所で身を隠そうとしてるだけだと思っていた。
……待てよ。
あいつは、隠れようとしてたんじゃなくて。
姑獲鳥と暮らしていた頃の寝床を、再現してたんじゃないのか?
「……す? そうか、巣だ」
「恵?」
俺はノートを五条先生たちに見せた。
「が昔、よく家中の服やタオルを部屋の隅に積み上げて、その中で丸まって寝てたの覚えてますか」
「うん、それがどうしたの?」