第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
「二人見てると、なんかイライラすんのよ。お互い好き同士なのに、全っ然付き合わないし。だから、ちょっと嫌がらせしただけ」
今、何て言ったの?
恵くんが、私のことを好き?
「だから、さん大好きな伏黒くんなんて、こっちから願い下げ。今はあっちの大学生狙ってるんだから」
沙耶香ちゃんが、さっきの男の人を顎で示す。
「せっかくいい感じなんだから、邪魔しないでくれる?」
それだけ言うと、沙耶香ちゃんは私の返事も待たずに背を向けた。
遠ざかっていく背中を、私はただ見つめていた。
嘘だった。
沙耶香ちゃんと恵くんは、付き合ってなんかいなかった。
じゃあ……恵くんが言っていた『好き』は――。
『お前を置いて、どこにも行くわけない』
昨夜の言葉が、頭の中に蘇る。
何度も重ねたキス。
私を抱きしめてくれた腕。
あの時、私を見つめていた恵くんの目。
もしかして。
本当に、私たちは――。
身体中から、どうしようもない嬉しさが込み上げてきた。
だけど同時に、全身から血の気が引いていく。
私、なんてことをしてしまったの。
沙耶香ちゃんに恵くんを取られると思って。
もう、どこにも行ってほしくなくて。
私は声を出した。
十年間、ずっと守ってきた縛りを破って。
よりによって、一番大切な人の名前を呼んでしまった。