第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
『どういうこと?』
『この人、誰?』
『恵くんは?』
私のノートを覗き込んだ沙耶香ちゃんは、黙っていた。
すると、男の人が不思議そうに私たちを眺めて、首を傾げた。
「え、この子誰? 沙耶香ちゃんの知り合い?」
「……中学の同級生よ」
男の人は、今度は私の顔をまじまじと見る。
「え、かわいー。名前なんていうの? どこの高校?」
いきなり距離を詰められ、思わず一歩後ずさった。
今はそれどころじゃないのに。
「……ちょっとっ」
答える間もなく、沙耶香ちゃんが私の腕を掴んだ。
「こっち来て」
乱暴に腕を引かれ、男の人から引き離される。
少し離れた場所まで連れていかれて、ようやく腕を放された。
「こんなところで何なのよ。邪魔しないでよね」
「…………」
邪魔しないで?
どういう意味?
私はまたノートにペンを走らせた。
『恵くんと付き合ってるんじゃないの?』
『なのに、どうしてあの人とキスしてたの?』
沙耶香ちゃんは書かれた文字を見て、一瞬黙り込んだ。
それから、ぼそりと呟いた。
「……私、伏黒くんと付き合ってないわよ」
…………え?
だって、昨日。
確かに沙耶香ちゃんは――。
『恵くんと付き合うことになったって言ったよね?』
沙耶香ちゃんは「ああ」と、思い出したような顔をした。
「あれ、嘘よ」
「……っ」
頭が追いつかない。
嘘?
「だって、ムカつくんだもん」
「……?」
「伏黒くん、口を開けば、って。中学の時からずっとそう。昨日だって、スマホの修理のついでにこっちから誘ったのよ? なのに、にもう近づくなって釘刺してきたんだから」
沙耶香ちゃんは腕を組んで、ふいっと視線を逸らした。