第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
『その声で誰かを呼んだら、お前のいちばん大切なものを食べてあげる』
幼い頃、何度も聞かされたあの言葉。
どうしよう。
恵くんに、何かあったら。
私のせいで、恵くんが――。
「…………っ」
膝から力が抜け、その場に座り込んでしまった。
手から、恵くんが買ってくれたカンパニュラのノートが滑り落ちる。
怖い。
さっきまであんなに嬉しかったのに。
今は恵くんのことが心配でたまらない。
早く戻らなきゃ。
恵くんに会って、無事を確かめなきゃ。
五条先生にも相談して、それから……。
そう思うのに、足が震えて立ち上がれない。
「えっ、ちょっと。大丈夫?」
顔を上げると、さっき沙耶香ちゃんと一緒にいた男の人が、心配そうに覗き込んでいた。
「どうしたの? 具合悪い?」
「もう放っておこうよ。行こ?」
沙耶香ちゃんが男の人の腕を引っ張った、その時だった。
ふっと、周囲の音が消えた。
車が行き交う音も、商店街を歩く人たちの話し声も、全部。
水の中に潜ったみたいに、気味が悪いほどの静寂。
急激に空気が冷たくなり、風が止まった。
「――きゃあああっ!!!」
突然、沙耶香ちゃんが鼓膜を劈くような悲鳴を上げた。
目を大きく見開き、私の背後を指差してガタガタと震えている。
「な、何よ……あれ……っ!」
その瞬間、鼻を突いたのは、覚えのある湿った羽の匂いだった。
嘘。
どうして。
沙耶香ちゃんが指差す方へ、恐る恐る振り向いた。
忘れるはずがない。
五歳まで、ずっと一緒にいた。
あの――。
『……みィ……つケたァ……』