第9章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ II **
しばらく歩いていると、通りの端に小さな古本屋を見つけた。
店先には、古びた木箱に文庫本や雑誌がぎっしり並んでいる。
足を止めて、ガラス越しに店の中を覗いた。
こういうお店、恵くん好きそう。
静かだし。
人もそんなに多くなさそうだし。
今度、一緒に来れたら――。
ううん、何考えてるの。
こういうところこそ、彼女と来るんじゃないの。
胸がちくりと痛む。
でも、気分が晴れない理由はそれだけじゃない。
もう一つ、ずっと気になっていることがあった。
私、声を出したんだ。
縛りを破って、恵くんの名前を呼んだ。
ずっと、恵くんを失うのが怖くて、声を出さずにいたのに。
あの時は、ただ恵くんを誰にも取られたくなくて。
自分の気持ちを抑えられなかった。
もし、恵くんに何かあったら。
私が、あんなことをしたせいで――。
だけど、今のところ何も起きていない。
恵くんにも、私にも、変わったことはなかった。
一体、この縛りって……。
そこまで考えた時、少し先のカフェの前で、女の人と男の人が仲良さそうに並んでいるのが見えた。
見間違えるはずがない。
栗色の長い髪。
沙耶香ちゃんだ。
男の人が何かを言うと、沙耶香ちゃんが楽しそうに笑いながら、男の人の腕に自分の腕を絡ませた。
友達……?
目の前の光景が信じられずにいると、男の人が沙耶香ちゃんの腰を引き寄せて――二人の唇が重なった。
「……っ!!」
なんで?
だって。
沙耶香ちゃんは昨日――。
『伏黒くんと付き合うことになったから』
そう言ったのに。
無意識に二人の方へ歩き出していた。
沙耶香ちゃんが私に気づいて、目を見開く。
「……さん?」
急いでノートを開いた。
手が震えて、いつもより文字が歪む。