第8章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を離さない Ⅱ**
私は顔を動かさないようにして、視線だけで部屋の中を見渡した。
テーブルの上にも、棚にも。
女性ものは見当たらない。
さっき使った洗面所にも、先生以外の歯ブラシや女の人が使いそうなものは置いてなかった。
先生に女の人がいることは知ってるけど。
少なくとも、頻繁にここへ来るような決まった人はいないのかもしれない。
特別な誰かがいるわけじゃないのかな。
よかった…………って。
何、ホッとしてるの。
先生に特定の彼女がいないからって、私にチャンスがあるわけじゃないのに。
「……なに?」
不意に声をかけられて、顔を上げた。
いつの間にか、先生がスマホを置いてこっちを見ている。
「さっきから何見てんの? なんか珍しいものでもあった?」
「い、いえ! なんでもないです!」
絶対言えない。
女の人の物がないか見てました、なんて。
めんどくさいって思われたくない。
他の女の人のことは聞かないもん。
先生は立ち上がると、キッチンのほうへ歩いていった。
冷蔵庫を開ける音がして、すぐに戻ってくる。
「ほら。水でいい?」
差し出されたのは、冷えたペットボトルの水だった。
「あ、ありがとうございます」
さっきまで座っていた場所に戻るのかと思ったら、先生は私がわざわざ空けたスペースを埋めるように、すぐ隣に腰を下ろした。
ソファが沈んで、肩が触れそうなくらい距離が近くなる。
近すぎるのですが!?
せっかく距離取ってた意味、全然ないんだけど。
少しでも先生から離れようと端へ寄るが、その分だけ先生もこっちへ距離を詰めてきた。
(…………え?)
ちょっと待って。
近い近い近い。
さらに身体を引いたのに、先生の顔はどんどん近づいてくる。
え?
え?
またキスされる?
首、吸われちゃう?
それとも、またえっちなことされちゃうの!?
持っていたペットボトルごと、先生の胸を押し返す。
「せ、先生、ちょ、ちょっと待って……! 心の準備が──!」
先生は私の髪を一房すくうと、鼻先へ近づけた。
「、僕と同じ匂いする」
「…………へ?」