第9章 澱の沈む夜に
ニナは俯いただけで反論しなかった。
雇い主の息子相手に言い返したところで意味がない。
セルディア家は兄達とニナのために最良の決断をし、ゾルディックに頭を下げてニナを養女にだした。それでも、ニナにはイルミの言葉が完全に間違っているとも言い切れない。ただ違うと信じてるだけだ。
イルミはそんなニナを見下ろしたまま更に続ける。
「ニナってお人よしなの? それとも馬鹿?」
「…………っ」
ニナは唇を噛む。こんなことで泣きたくない。今まで耐えてきたことが全部無駄になる。そう思うほど、胸の奥がぐちゃぐちゃになっていく。
長男として家族中、そして屋敷中から大切にされているイルミなんかに、自分の気持ちなど分かるはずがないのに。
どうしてそんなことを言うのか。
気づけば視界が滲んでいた。
瞬きをした途端、大粒の涙がぽたりと落ちる。
イルミはグラスを傾けたまま、大きく瞬いた。
「……っ、……っ……」
嗚咽が漏れる。慌てて口元を押さえても止まらなかった。
イルミはゆっくりワイングラスを置くと、ニナを真っ直ぐ射抜くように見つめた。
「ニナ。俺の話をよく聞け」
「……っ……」
「母さんは、お前が壊れても気にしない」
「……え……」
「どれだけ擦り減っても、役に立つ限りは母さんはお前を公爵家に置いておく」
「……」
「お前が思ってるより、この婚約は危険だ」
「…………」
「このまま母さんの言う通りにしてたら、お前はそのうち木偶になり自分では何も決められなくなる」
ニナはしゃくり上げながら声を上げる。
「奥様……っ、……キキョウさんがそんなこと……!!」
イルミは黒い瞳の奥をさらに暗くさせて言った。
「母さんのことはニナより俺の方がずっとよく知ってる」
胸の奥に鋭い針のような痛みが刺さる。張り裂けそうな苦しさに、ニナはうまく息が吸えなかった。