第9章 澱の沈む夜に
イルミの声が微かに柔らかくなる。
「縁談が上手くいかなくても心配しなくていい」
「………………」
「母さんが騒いでも、俺がなんとかしてあげる」
涙とアルコールで頭がぼんやりする。
何を言われているのか、上手く理解できない。
するとイルミは、当たり前のように言った。
「貰ってもいいよ。俺がニナを」
言われた言葉の意味が咀嚼できず、ニナの涙が止まる。
「………………?」
「だから、ずっとここに居ればいい」
「………………は?」
地下室の空気が一瞬止まったようだった。
ニナは呆然とイルミを見上げた。
意味が分からない。いや、分かりたくなかった。
冗談にしても、あまりにタチが悪い。
けれどイルミなら、真顔でこういうことを言いかねない恐ろしさがある。
ニナは怪訝な顔を浮かべた。
「あの……まさか、また冗談……ですか?」
イルミは少し考えるように視線を彷徨わせた後、ぽつりと言った。
「煮崩れたポトフも悪くないな、と思って」
「……………………!!」
その瞬間、ニナの頭の中で全てが繋がった。急に酔いが引いていく。
ニナは勢いよく涙を拭った。
「――もしかして、イルミさんお腹空いてるんですか?」
「……え」
イルミは自分のグラスを見る。
言われてみれば、自分で開けた割にはワインが全然進んでいない。
「……そうかもしれない」
遠回しすぎる。けれどようやく意味が分かった気がして、ニナはほっと息をついた。
「何かすぐ作りますね!」
勢いよく立ち上がる。
「一緒に居間へ行きましょう!」
イルミは座ったまま、ぱちりと瞬きをした。