第9章 澱の沈む夜に
思えばこれまでイルミとちゃんと話をしたことがなかったかもしれない。イルミはいつでも合理的で冷たく無駄を削ぎ落とすように動いているように見える。その空気に圧倒されてつい萎縮してしまう自分がいる。
けれどイルミの考えが分からないまま、ニナは自分の中だけでなんとか済ませようとして、結局うまくできなかった。何が地雷なのか分からないまま、イルミの逆鱗に触れたこともある。その度に萎縮して、気づけばずっと距離を測ることばかり考えていた。
けれどこうして話をしてみたらほんの少しだけ、イルミが対等とはいかなくとも、同じ人間のように感じられる。
もうこの屋敷で過ごす期間も限られている。そうすればおそらくイルミと会うことも二度とないかもしれない。このまま勝手に怯えて、相手のことも知らないまま終わって、それでいいのだろうか。
どこへ行っても、また同じように俯いて生きていくだけなのではないか。
ニナは小さく頭を下げ、そのままぐいっとワインを飲み込んだ。
何故、今日のイルミはこんな風に地下の薄暗い洞窟のような場所で酒を飲んでいるのだろう。
何かが普段と違う。
それが何かは、ニナが考えてわかることではない。
アルコールの熱が喉から胸へ落ちていったとき、ニナは口を開いた。
「イルミさん」
「なに」
ニナは少し潤んできた瞳でイルミをそっと見つめた。