第9章 澱の沈む夜に
イルミはグラスを軽く回した。
「例えばこれ。甘いけど後味は重い」
「……はい」
「だから肉料理に合わせる。逆に軽いやつは魚とか」
「……」
「貴族は銘柄なんかより場との合わせの方見てたりするし」
ニナは目を瞬かせた。そんなこと誰にも教わっていない。
「……でも、帳簿は」
「帳簿は後からでいい。まず味分かんないと、結局全部同じに見えるだろ」
「でも、帳簿には銘柄を書かないと……」
「別に間違えたって死なないでしょ」
あっさり言い切る。
「重要なのは、どれがどういう酒か分かることじゃないの?」
「どういう……?」
「甘いとか、重いとか。料理に合うとか。成金が好きそうとか……」
イルミはグラスへ口を付ける。
「とりあえずもっと飲んだら? その方が早いと思うけど」
そう言いながら、イルミは自分のグラスと三分の一ほど減ったニナのグラスへワインを継ぎ足す。
暗赤色の液体が静かに縁を揺らした。