第9章 澱の沈む夜に
微妙な空気だった。
執務室の帳簿は途中のまま放置してきているし、濡れたドレスはワインを吸って肌へ重く張りついている。甘ったるい匂いと地下室の湿気が混ざり合い、息をするたび頭がぼんやりとした。
とは言え、今帳簿へ戻ったところで、数が曖昧になったワインを正確に書ける気もしない。
ニナがそんなことを考えながら黙り込んでいると、イルミがふいに口を開いた。
「飲みにくい?」
「え?」
ニナはハッとして顔を上げる。
「いえ……ちょっと帳簿のことが気になってしまって。すみません」
イルミはグラスを傾けたままニナを見る。
濡れたドレスが肌へ張り付き、酔いと湿気で頬が赤みを帯びている。
「帳簿?」
「はい。さっきワインの銘柄と数を確認してたんですけど、途中から分からなくなってしまって……」
「ふーん」
イルミはグラスを軽く揺らしながら辺りを見回した。
「そんなの、大体でいいんじゃないの? これだけあるんだし」
そう言いながら、イルミは壁際に積まれている大きな酒樽へ腰掛ける。長い脚をゆるく組むと、片手でグラスを弄んだ。
「……でも」
ニナは思わず俯く。
「闇雲にラベル見たって分かんないだろ」
「はい。そうなんです。でも何回も聞き直すのも、その……ツボネさん、お忙しそうなので」
「真面目だね」
「いえ……でも何回も確認すればするほどますます混乱して……」
イルミはわずかに肩を預けるように酒樽へ体重を乗せ、呆れたように言った。
「そんなこと考えるより味わえば」
「え?」
ニナは顔を上げる。