第9章 澱の沈む夜に
だが次の瞬間、イルミが横からそれを乱暴に奪い取る。
「あっ」
イルミはサッと屈み、床へ散らばった硝子片へ古布を雑に被せ、そのまま無造作に包み込んだ。さらに丸めたまま布を空の木箱へ放り込む。そして片手でひょいと木箱を拾い上げると、そのまま歩いて小窓を開けた。
冷たい夜風が一瞬吹き込み、蝋燭の火が揺らめく。
次の瞬間、イルミは木箱ごと外へ投げ捨ててしまった。
「あ、……」
ガシャ、と鈍い音が遠く下の方で鳴る。
ニナは思わず窓へ駆け寄り外を見る。
この部屋の窓の外は崖のような傾斜になっていた。深い藪が斜面一帯を覆っており、投げ捨てられた木箱も硝子片も、闇の中へ潜ってしまった。
ニナは呆気に取られたまま立ち尽くす。
「はい、掃除終わり」
窓をピシャリと閉めたイルミは、当然のように言った。そのまま視線だけでニナを促す。
「……」
仕方なくニナは簡易台へと歩いていく。石床の冷気が靴底越しに伝わってきた。
イルミは既に簡易台の前へ立っている。
置かれていたグラスを手に取ると、ひやりと冷たかった。
ニナは戸惑ったままそっとグラスを掲げた。
カチッ。
小さな音が地下室へ響く。
「お疲れ」
「……お疲れさまです」
先にイルミがグラスへ口を付ける。ニナが真似をしてグラスの中の赤い液体を僅かに口に含むと、イルミは黒い瞳を微かに輝かせた。
冷たい液体が舌へ流れ込む。
最初に感じたのは甘さだった。だがその奥に、苦味と重たい渋みが残る。飲み込んだ瞬間、喉の奥がじわりと熱を持った。
地下室には、湿った冷気とワインの匂い、そして二人分の呼吸だけが静かに漂っていた。