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【H×H イルミ 】黒と白のアリア 

第6章 調律の外れにて


カチャリ

控えめに開けられた扉の隙間から使用人が顔をのぞかせる。

「イルミ様、悪天候のため馬車を早めに出しますが……」

イルミは使用人を一瞥し、ただ頷いただけで追い返す。

その冷たい視線は再びニナに戻る。
一瞬、睨みを利かせた後、手は離された。聴こえないくらいの小さな舌打ちが落とされた気がした。


イルミは椅子を無造作に引くと、自ら机に向かい羽根ペンを取り上げた。
白紙の五線譜を、寸分の狂いもなく揃える。

それからはほとんど譜面を見ることもなく、流れるように書き始めた。ペンが紙を滑る音さえ、まるで一定のリズムを刻むが如く部屋に響く。わずか十分程で頁の端まで埋まっていく様子を、ニナは意識の片隅で眺めていた。

「捲って」

「……はい」

小さく返事をし、ニナは机の上に置かれたもの、そしてイルミにも触れることのないように息を殺して楽譜に手を伸ばした。距離を適切に保つため机に近づくことで、必然的に譜面に向かうイルミとも近くなる。
これでは息を殺しても心拍が伝わりそうだ。

「こんなことに俺の手を煩わせておいて、ぼーっと突っ立ってられるなんてね」

「……すみません」

イルミはまた無言になり書き進める。
音符がペン先から湧き出てくるようなスピードだ。ほとんど視線も動かず、凄まじい集中力で写しとる線には一切の迷いがない。譜面から写してるのではなく、頭の中を直接写している、そんな風にさえ見えた。


急に降り出してきた雨が外界を遮断して、静寂を一層強く感じさせる。


時折頁をめくる音が、軒先から落ちる雫と重なるように部屋に響く。
何度目かのその音が耳を打った時。

一時間もかからず、イルミは清書を終えてしまった。


閉じた封筒を御者に持たせると、イルミはゆっくりと立ち上がり扉へと向かいかけて、ふと足を止める。そして、壁に掛けられた棒に手を伸ばした。

黒檀と象牙で作られた指示棒だった。
音を導くためのもののはずなのに、どこか人を縛る道具のような冷たさを帯びている。

「さて……ニナ」

低い声に、ニナはびくりと身体を揺らす。
先程の剣幕とは打って変わり、いやに落ち着いた声でイルミは言った。

「お前を矯正しなきゃね」

イルミは扉を閉め、鍵を落とした。
無機質な音が、逃げ場を断った。
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