第6章 調律の外れにて
「手を出して」
「……」
無意識に引くニナの手をイルミは容赦なく掴み、机の上に押しつけた。
「何度言ってもわからないお前が悪いんだよ」
ビシッ
「……ッ……」
指示棒が手の甲に振り下ろされる。
痛みが骨にまで響く。
咽喉の奥から悲鳴が漏れた。
「甘やかすとろくなことにならないね」
「……い、イルミさん…やめて、やめて下さい!」
再び、指示棒が落ちる。
「……いッ…………」
ニナは涙の滲む目でイルミを見上げた。
先程写譜をしていた時、いやそれ以上に機械的で感情の宿らない表情だ。
また、容赦なく叩かれる。
「……あッ…………うぅ……」
三度目ともなると、既に手は痺れ感覚が薄れてきた。
代わりに痛みは足まで走り、ニナは反射的につま先をグッと握る。
「ニナ、別に俺は怒ってるわけじゃない。もう一度機会を与えよう。今後、俺の指示に従って怠けずに音の訓練に取り組む気持ちはあるかい?」
固い指示棒を手にしたまま見下ろされれば、この場を取り繕う言葉を返してしまいたくもなる。
でもニナは唇を引き結び横に首を振った。
「そう」
素っ気ない声。イルミの表情が一瞬歪んだ。
ニナは身体を硬くし目を瞑る。
ビリビリ
部屋に響いた乾いた音は、予想とは違う音だった。
「もういい」
イルミはニナが返した楽譜の原本を破り捨ててしまった。床に散らばる音の破片がニナの胸を締め付ける。
「……! い、イルミさん。そんな、せっかく書いた曲を、やめて……やめてください!」
次の瞬間、直接、ニナの頰が打ちすえられた。
乾いた音が、書斎に響き渡る。
「いい加減にしろ。一度もまともに曲を理解しようともしないお前に、そんなことを言う資格はない」
まるで氷のように冷たい声。
まるで何も捉えてないような虚な視線が黒い髪の隙間から覗く。
ニナは急にあの時ーー
初めて"二階の西の部屋"で歌った時のことを思い出した。
あの時と同じ蒼白な顔色が、
まさに今、ニナの目の前に、あった。