第2章 歪んだ共鳴
イルミは古い楽譜を広げた。淡い昼の光と蝋燭の炎が紙面を照らし、黒いインクで書かれた音符の列が、ぼんやり浮かび上がる。
「これをみてごらん」
広げた楽譜に手を添えたまま、視線だけをキルアに向ける。
「いいかい、キル。これからはお前が今までやっていたような、適当な真似は許さない」
「……これ、いま、弾いていた曲だ……!イル兄、そうだろ?」
キルアの声は震えていたが、その奥にかすかな高揚が混じっていた。
イルミは答えなかった。
代わりに楽譜に手を添えたまま、上体が近づく。
肩までの髪が前へ滑り、白い紙の上に影を落とした。
「読めるかい?」
黒い記号の並びが、ただの線ではないことだけはわかる。
イルミの指先が示す位置へ、視線が引き寄せられそのまま楽譜を追ってしまう。
「えっと……、……この記号は?」
キルアが恐る恐る尋ねる。
イルミの指導はいつもこうだ。
冷たく、正確で、逃げ場がない。
この霧に閉ざされた屋敷の居間で、キルアは毎回、音楽という名の「形式」を、容赦なく叩き込まれていく。
「これからは、弾く前にまず楽譜を叩き込め」
楽譜の記述、そのすべてに作曲家の意志が込められている。
それに背いてはならない。
記号を追いながら楽譜を這うキルアの指先をイルミは冷たく捉え続ける。
キルアの指が楽譜の端まできて、止まった。
「もう一度、最初からだ、キル。今度は正しく弾いてみろ」
「……わかった」
昼の薄明かりと闇が混じり合う部屋で、二人の影が長く、静かに重なり合っていた。