第5章 魅力/日常微糖
「間に合ってよかったね」
「……」
凛は人の感情を取り合わないから ここは無視というより、返答の必要性を感じていないということだ。
こちらは先ほどの迷いと困惑、急な走り出しで息が上がり軽く汗ばんですらいるのに、凛にはその片鱗すら見当たらなかった。
繭は少しだけ凛を盗み見る。瞳の奥には焦りも安堵も満足もなかった。涼しい横顔が見せているのは、ただの必然がなるようにしてなったのみ、最初から決まっていたことが 時間を置いて追いついてきただけの取るに足らぬ些細なこと そんな色を映している。
(…………)
(…………)
前の席に座る他校の制服の女子が二人、小声で話しながらそわそわ落ち着きを無くす。こういうシーンも近くにいると時々見かけることはある。
凛は外部から評価されることに慣れている。サッカーの技術にしろ、容姿にしろ、糸師冴の弟というポジションにしろ、どうやっても避けて通れない部分だと事実として理解しているのだろう。その上で、外部評価には測定軸が反応しないだけだ。
繭から見ても凛が他者から高く評価されることはわかる。外見しかり、能力しかりだ。
けれど、繭が思うに凛の評価点はもっと別の所にあると思う。より深い、奥の、表面ではない何かだ。
まばたきを忘れるほどに、繭の視線が固まったままになる。
「……言いたいことあんのか」
「……いや……」
目も合わせないまま投げられた言葉に、繭は少しだけ我に返る。ただ、今は外側からの刺激は求めていないし煩わしい。言いたいことではなく、見極めたいことがあるのだ。
先刻、遅れそうな電車に走った時の違和感の正体が何となくわかった。
あの時のこと、判断が速いとか、状況が読めるとか、決断力があるとか、多分そういう次元の話ではない。
人間なら当たり前に持ち合せている予測不能な状況に応じた揺らぎみたいなものが、凛には存在していない。
凛は現在位置と目的位置を最短の直線で捉えそこしか見ていない。だから迷いという概念を持ち合わせていない。迷わないのではなく、迷うという構造を持ち合わせていない。