第3章 【直哉×魔性女中】
「おやめください! 直哉様、どうか……!」
は痛む腕を抱えながら、必死にその後を追った。
廊下を走る直哉の背中に縋り付き、言葉を尽くして制止する。
ここで直哉が奥方を手に掛ければ、次期当主としての地位も、今の穏やかな日々も、全てが灰になる。
「私の不徳でございます。どうか、怒りをお鎮めください!」
だが、直哉は彼女を振り払うことすらせず、ただ前だけを見据えて歩き続ける。
その瞳にあるのは怒りを超えた、純粋な「排除」の意思だった。
バァン! と凄まじい音を立てて、本邸にある奥方の居室の襖が開け放たれる。
部屋の奥に座していた奥方は、突然の乱入者に肩を震わせたが、直哉の背後に縋り付くの姿を見るなり、その唇を醜く歪めた。
「あら……。傷物にされた女が、泣き喚いて私の夫に縋っているの? 見苦しいわね」
奥方は鼻で笑い、優雅に扇を広げた。
彼女の目には、直哉の静かな狂気など見えていない。
ただ、直哉に捨てられることを恐れた「古株の愛人」が、必死に泣きついて直哉を連れてきたのだと、そう信じ込んでいた。
「直哉様、その女の言うことに惑わされないでくださいませ。
傷ついた獣のような売春女を傍に置くのは、禪院の恥でございますよ」
奥方は勝利を確信したような、傲慢な微笑みを直哉に向ける。
だが、直哉は一歩、また一歩と、奥方へと歩み寄る。
縋り付くの指が、直哉の着物から滑り落ちた。
「……。お前はそこで、黙って見とけ」
直哉の声は、驚くほど静かだった。それがかえって、今この部屋で起きようとしている事の凄惨さを予感させ、は震える手で自らの口を覆った。
「直哉様……!」
絶望的な叫びも虚しく、直哉の白い指先が、扇を握る奥方の手首へと、蛇のような速さで伸びていった。