第3章 【直哉×魔性女中】
直哉が任務で屋敷を空けた、重く湿った午後のことだった。
別邸の静寂を破り、激情を孕んだ足音が廊下に響く。
現れたのは、憎悪に瞳を濁らせた奥方だった。その手には、白く光る包丁が握りしめられている。
「……この、卑しい売女が!」
吐き捨てられた言葉は、彼女がこれまで直哉から受けてきた甘い囁きとは対極の、汚泥のような罵倒だった。
奥方は震える手で包丁を突きつけ、叫ぶ。
「直哉様を誑かし、骨抜きにして……!
お前のような年嵩の、穢らわしい女が、あの方の隣にいるなど万死に値するわ!」
は反論しなかった。
彼女の怒りも、絶望も、全ては自分が直哉という男を狂わせた報いであると、凪いだ瞳でそれを受け止めていた。
だが、奥方の狂気は止まらない。
「その体……傷物にすれば、直哉様も正気に戻られるはずよ!」
鋭い金属音が空を切り、の白い腕に深く、赤い線が走った。
「……っ」
鮮血が畳に滴り、彼女の着物を汚していく。溢れる血の赤に、奥方は一瞬我に返ったような顔をしたが、すぐに歪んだ歓喜の笑みを浮かべた。
「……あはは! そうよ、これでいいの。
こんな醜い傷跡のある女を、完璧を愛する直哉様が愛し続けるわけがないわ!
年増の、色情女め!ざまぁみろ!」
奥方は取り憑かれたように呟きながら、血のついた包丁を放り出し、逃げるように別邸を後にした。
一人残された部屋で、は静かに息を吐いた。
滴る血を抑え、慣れた手つきで止血を施す。傷は深いが、骨には達していない。
(直哉様には、見せてはならない……)
あの方は独占欲が強く、激情家だ。もしこれを知れば、本邸で何が起きるか分からない。
彼女は痛みを堪え、傷口を固く包帯で巻き、その上から厚手の袖で隠した。
血に汚れた畳を拭き取り、何事もなかったかのように夕餉の支度を始める。