第3章 【直哉×魔性女中】
禅院本邸。重苦しい空気の漂う当主居室にて、直毘人は酒杯を置くと、久々に呼び出したその女————を鋭い眼光で射抜いた。
「直哉の奴、近頃は目も当てられんほど仕事に打ち込んどる。……だが、ありゃあ『真っ当な当主』の精の出し方やない。何かに取り憑かれたような、狂気じみた速さや」
直毘人は鼻で笑い、膝を突く彼女を見下ろした。
本邸での直哉の評判は、冷酷無比。私情を一切挟まず、ひたすらに実力を研鑽し、家の利益だけを追求するその姿に、周囲は恐れ慄いている。
だが、その過剰なまでの真摯さは、どこか「代償」を求めている者の危うさがあった。
「お前、あいつに何を吹き込んだ」
その問いに、彼女はゆっくりと頭を下げた。畳に落ちる後毛を耳にかけることも忘れた、憔悴を孕んだ深い礼。
「……お許しください、当主様。……もはや私にも、直哉様を制御することは叶わないのです」
「制御できん、やと?」
「はい。あの方は、本邸で完璧な当主を演じる代わりに、別邸では私に……私の全てを食らい尽くすような、底知れぬ愛執を見せられます。私が何を言おうとも、あの方は『お前のために強くなる』と……。もはや、私という毒がなければ、あの方の心は壊れてしまうでしょう」
彼女の表情の裏に、隠しようのない「共犯者」としての苦悩と、そして拭いきれない情愛が滲んでいた。
彼女を遠ざければ直哉は真っ当になると踏んでいた直毘人だったが、皮肉にもその「遠ざけられた距離」こそが、直哉の執着を一生消えない業火へと変えてしまったのだ。
「……フン、お前もそんな顔をするのか
お前も所詮、女だったということだな、」
直毘人はそれ以上追求せず、顎で「下がれ」と合図した。