第1章 【直哉×働き者女中】
直哉の言葉は、単なる気まぐれではなかった。
あの日を境に、の世界から「役割」が奪われた。
朝、誰よりも早く起きて勝手口へ向かっても、そこにはすでに別の女中が立っている。
直哉の茶を淹れようとすれば、同僚が震える手でそれを遮り、「直哉様から、さんには指一本触れさせるなと仰せつかっております」と、拒絶の言葉を並べる。
着替えの手伝いさえも許されない。
直哉は「自分でする」と言い張り、草履を揃えることさえ他の女の仕事になった。
かつて彼女の指に馴染んでいたはずの雑巾や菜箸は、今や遠い存在だった。
手元にあるのは、繕い物の途中で唯一取り上げられ忘れた、片手に収まる小さな糸切り鋏だけだ。
冷たい金属の感触を掌に押し付ける。
自分は何のために、この屋敷にいるのだろう。
「……はぁ」
与えられたのは、あろうことか直哉の寝所の隣室だった。
女中の分を遥かに超えた、日当たりの良い、静かすぎる一間。
「ここで休んでろ」と放り込まれたものの、体はこれっぽっちも疲れていない。
働き詰めの生活が染み付いた身体は、じっとしていることこそが苦痛だった。
どれだけ目を閉じても、真っ白な天井が意識を冴え渡らせるだけで、眠りなど訪れるはずもない。
(みんな、今頃は夕餉の支度をしてるはず……)
ふと、廊下から微かに響く賑やかな音が耳をかすめた。
誰かが失敗して笑い転げる声、重い鍋を運ぶ音、立ち上る湯気の匂い。
それらはかつて、が呼吸するように属していた世界のものだった。
耐えきれず、は起き上がった。