第3章 【直哉×魔性女中】
「……ああ、本当にお可哀想な坊ちゃん」
は、自分を壊さんばかりに抱きしめる直哉の頭に、そっと手を置いた。
拒絶しよう、突き放そうという理性が、目の前でボロボロに崩れ落ちている少年の姿を前に、音を立てて解けていく。
彼女の瞳に、初めて凪ではない、微かな揺らぎが生まれた。
「私のような、ただの女に惚れてしまって……。
貴方様の輝かしい未来に、私はただの泥だというのに」
「泥でも何でもええ……! お前が…のおらん未来なんて、俺はいらん…」
直哉の必死な叫びが、の胸に深く突き刺さる。
直哉は、縋るような、それでいて奪い去るような熱を孕んだ手で、彼女の柔らかな頬を包み込んだ。
「……わかってくれ。俺がどれだけ、お前だけを……」
言葉は震え、途中で途切れる。
禪院家の嫡男として培ってきた傲慢な自尊心も、今はただ彼女の愛を乞うための、無力な欠片に過ぎなかった。
は何も答えなかった。
ただ、その深く穏やかな瞳で、拒絶も、肯定も、あるいは憐れみさえも飲み込んだその眼差しに、直哉はたまらず顔を寄せた。
触れるだけの口づけが、重なる。
彼女は、拒まず、静かに目を閉じた。
その瞬間、直哉の中で張り詰めていた最後の理性が、音を立てて崩落した。
「……っ、…」
唇が離れるのを惜しむように、直哉は再び彼女の口を塞いだ。
今度は深く、貪るように。呼吸をすることさえ忘れたかのような、溺れる者の口づけ。
彼女の細い肩を抱き寄せたまま、直哉の指先は震えながらも、自らの婚礼の袴へと向けられた。
格式高い正装が、無造作に畳の上へと滑り落ちる。
それは彼が今日背負ったはずの「義務」と「地位」を、一枚ずつ脱ぎ捨てていく行為だった。