第3章 【直哉×魔性女中】
その日の直哉は、別邸の玄関を潜るなり、出迎えたを壊さんばかりの力で抱きしめた。
「……直哉様?」
いつもの穏やかな挨拶を口にする間もなかった。
直哉の体は微かに震えており、その肩からは、本邸で浴びてきたであろうどろりとした負の感情が立ち昇っている。
は驚きに一瞬だけ動作を止めたが、背中に回された彼の腕の強さに、その瞳を静かに細めた。
「……離さへん。絶対に離さへんからな」
「直哉様、苦しゅうございます」
「黙れ……! お前は…俺のそばに居ればええんや」
縋るような、それでいて脅すような声。
直哉はの白い首筋に顔を埋め、その体温を確かめるように深く息を吐き出す。
だが、彼女はそんな彼の焦燥をなだめるように、そっとその背に手を添え、至極落ち着いた声で問いかけた。
「……ご結婚が、決まったのでしょう?」
その言葉に、直哉の体が撥ねたように強張った。
彼は弾かれたように顔を上げ、彼女の肩を掴んで凝視する。
「……なんで、それを。……誰から聞いたんや」
「……お相手は由緒ある家柄の、才色兼備な御方だとか」
「あんなん、親父が勝手に決めたことや! 俺は認めへん、あんな女、俺の人生に必要あらへん……俺には、お前が――!」
直哉の叫びは、彼女の静かな眼差しに遮られた。
彼女は取り乱す直哉の手をゆっくりと解き、一歩、彼から距離を置く。
その凛とした佇まいに、直哉は言いようのない予感に襲われ、喉を鳴らした。
「直哉様。……私との『約束』を、お忘れですか?」
「……あ」
立派に務めを果たし、禅院家を支えると言う誓い。
…正室を迎え、世継ぎを成す。
それは当主となるものとって、何よりも優先されるべき責務。