第3章 【直哉×魔性女中】
月に数度。
直哉は全ての執務を放り出し、護衛も付けずにあの山間の別邸へと向かう。
門を潜り、玄関を開けた瞬間、禅院家の次期当主としての鋭利な気配は霧散する。
「……、おるか」
「おかえりなさいませ、坊ちゃん」
奥から現れる彼女は、あの日のまま、時が止まったような穏やかさで彼を迎える。
直哉は何も言わず、用意された食卓についた。
本邸では最高級の山海の珍味が並ぶが、ここで出されるのは、彼女が手ずから作った、飾り気のない、けれど滋味深い料理ばかりだ。
「……ん、美味い」
「それは良かったです。今日は少し、お疲れのご様子ですね」
本邸では「完璧」でなければならない直哉が、唯一、箸の進み具合や咀嚼の音さえ気にせず、無防備に食事を摂る時間。
彼女はそれを少し離れた場所で、慈しむように見守っている。
食後、彼女に促されるまま、直哉は彼女の膝に頭を預けた。
「……今日、また一人追い出したわ。あんな出来損ない、置いておく価値もあらへん」
「左様でございますか。直哉様は、正しい判断をなさいましたね」
直哉は今日あった出来事を、とりとめもなく話し続ける。
外では誰にも見せない弱音、苛立ち、独占欲。
彼女はそれら全てを「はい、はい」と聞き流し、あるいは肯定し、柔らかな指先で彼の金髪を梳いていく。
「……なあ、ずっとここにおれよ。どこにも行くな」
「ええ、私はここに。貴方様が帰る場所として、ずっと控えておりますよ」
彼女の奏でる一定のリズム。
彼女の髪が揺れるのを見つめているうちに、直哉の意識は急速に遠のいていく。
本邸で見せるあの冷酷な顔は、この膝の上で眠るための代償に過ぎない。
彼女が作った温かな安らぎの中で、直哉は子供のような寝顔を晒し、深い眠りへと落ちていった。