第3章 【直哉×魔性女中】
「どこにやったんや! 答えろや、親父!!」
静寂を保っていた直毘人の居室の襖が、凄まじい勢いで蹴り開けられた。
現れた直哉の顔は、これまでの不遜な余裕など微塵もなく、執念に突き動かされた獣のように歪んでいる。
肩で激しく息をし、その三白眼には血走った怒りが宿っていた。
直毘人は、茶を片手に背を向けたまま低く笑った。
「騒々しいな、直哉。当主の部屋に土足で踏み込むとは、礼儀を忘れたか」
「そんなんはどうでもええ! はどこや!
なんで朝起きたらおらんのや、あいつが俺以外の奴に仕えるなんて許さんぞ!!」
直哉は叫びながら、父親の背後に詰め寄った。
いつもなら、この威圧感に気圧されることもあるが、今の彼を突き動かしているのは、唯一の拠り所を奪われたことへの、子供じみた、しかし殺意に近い絶望だった。
「……あいつは、自分から願い出たんや」
直毘人がゆっくりと振り返る。その冷徹な眼光に、直哉の動きが止まった。
「……は? 何を……言うとるんや」
「お前に執着されることが、にとっては迷惑やったっちゅうことや」
「嘘や……! そんなん、嘘に決まっとる!!」
直哉の声が裏返る。
昨日、自分の髪を撫でてくれたあの手の温もり。
「お偉いですよ」と微笑んだ、あの穏やかな声。
そのすべてが、演技だったというのか。
「あいつは俺の味方や! 俺が一番分かっとる……あいつは、俺がおらなアカンはずや!!」
「自惚れるな、直哉。お前が見ていたのは、あの女が作った『理想の乳母』の影や。
あいつは最初から最後まで、禪院家の女中として、お前を正しく『飼育』したに過ぎん」
直毘人の言葉が、鋭い楔となって直哉の胸に打ち込まれる。
直哉は激しく首を振り、畳を拳で叩きつけた。
「……連れ戻す。どこに隠したか知らんが、地の果てまで追いかけて捕まえてやる……ッ。
の口から直接聞くまでは、絶対に認めへんぞ!!」
「…放っておけ、悪いことは言わん」
父親の言葉を背に、直哉は弾かれたように部屋を飛び出した。
彼女がいない屋敷は、彼にとってただの空虚な檻でしかない。
「……!! 逃げられると思うなよ……!!」
夜明けの廊下を駆ける直哉の瞳には、どろりとした狂気が宿り始めていた。