第3章 【直哉×魔性女中】
「……いつまで俺を子供扱いするつもりや」
直哉は低く、掠れた声で囁いた。
膝から顔を上げ、彼女を見上げるその瞳には、甘えとは違う、男としての剥き出しの熱が宿っている。
彼はの手を自分の胸元へと引き寄せ、ドクドクと昂る鼓動を無理矢理に刻み込ませた。
「俺はもう、十歳の坊ちゃんやない。
……親父ができることは、俺にだってできる。
それ以上のこともな」
直哉の指が、彼女の掌を割り、指を絡めて強く握りしめる。
それは明白な誘いであり、彼女を「女中」という枠から引きずり出そうとする強引な自己主張。
だが、彼女は動じなかった。
その熱に浮かされることも、恐怖に震えることもない。
はただ、そっと後毛を耳にかけるいつもの動作で、絡められた指の力をふわりと逃した。
「……直哉様」
彼女は、まるで熱を出した子供をあやすような、どこまでも凪いだ微笑みを浮かべた。
そして、握られていた手を優しく引き抜き、代わりに直哉の乱れた襟元を、母親のような手つきで整え始めた。
「私は、この禪院家という巨大な歯車を回すための、油のようなものに過ぎません」
「……何が言いたいんや」
「私は女中でございます、直哉様。
貴方様をお支えし、この家を整える。それが私の全て。
……それ以上でも、それ以下でもございません」
ゆったりとした口調。
けれど、その言葉には、冷徹な拒絶が込められていた。
彼女の指先が、直哉の頬に触れる。
「直哉様は、いつか立派な当主になられるお方。
……私のような『影』に、これ以上深入りしてはなりませんよ」
「……ッ、誰が決めたんや、そんなこと!」
直哉が再び彼女の肩を掴もうとした瞬間、彼女はスッと立ち上がり、一歩下がって深々と頭を下げた。
その動作には一点の隙もなく、あまりにも完璧な「使用人」の姿だった。
「夜風が冷えてまいりました。
奥へお戻りください。……次期当主様」
最後に落とされたその呼び名が、直哉の熱を、氷水のように冷やしていく。
目の前にいるのに、手が届かない。
口元のほくろを綻ばせて微笑む彼女の姿は、まるで触れれば消えてしまう陽炎のようで、直哉は言いようのない孤独感に、ただ拳を握りしめるしかなかった。