第3章 【直哉×魔性女中】
直哉が握りしめていた拳の震えを、彼女は柔らかな掌で包み込み、ゆっくりと解いていく。
そして、自由になったその白い指先が、直哉の尖った頬にそっと触れた。
「……っ」
直哉は拒絶する言葉を飲み込んだ。
冷ややかだと思っていた彼女の指は、驚くほど温かい。
「直哉様。そんなに険しいお顔ばかりなさらないで」
彼女は、直哉の三白眼を真っ向から見つめた。
その瞳には、彼が投げつけた下卑た罵倒の残滓など欠片も見当たらない。
ただ、凪いだ海のような穏やかさがあるだけだ。
「大丈夫ですよ。私は、ちゃんとわかっておりますから」
「……何がや。あんたに何がわかるんや」
強がりの言葉が、震える唇から零れ落ちる。
だが、彼女はその震えさえ愛おしむように、親指の腹で彼の頬をなぞった。
「直哉様は、いつも頑張っていらっしゃいます。
この家で、誰よりも高く、誰よりも速くあろうと
……本当にお偉いですよ、坊ちゃん」
その、「坊ちゃん」という呼び声。
十歳の頃、まだ術式も家督も知らず、ただ純粋に彼女の背を追っていた頃の響き。
張り詰めていた直哉の糸が、音を立てて切れた。
禪院家の嫡男として、強くなければならない、誰よりも優れていなければならないと自分に課してきた鋼の鎧が、のたった一言で、無惨なほど容易く崩れ去る。
「……あ、……ぁ」
直哉の口角が、引き攣るように持ち上がった。
それは嘲笑でも、いつもの不遜な笑みでもない。
子供が、堪えていた涙を飲み込んで、ようやく安堵した時に見せるような——混じりけのない、子供じみた破顔。
「……ほんま、……ほんまに分かっとんのか。
……お前だけや、……お前だけが…」
直哉は彼女の腰に縋り付くように腕を回し、その肩に顔を埋めた。
天女のような彼女の香りが鼻腔をくすぐる。
は、そんな直哉の金髪を、あやすようにゆっくりと撫で続けた。