第3章 【直哉×魔性女中】
翌朝、禅院家の広大な敷地には、昨日よりもさらに刺々しい直哉の声が響いていた。
「おい、。こっちや」
縁側を歩いていた彼女の背中に、容赦ない呼び声が突き刺さる。
彼女は驚くふうも見せず、ゆっくりと振り返った。
後毛を耳にかけるいつもの仕草。
その指先の白さに、直哉の目は一瞬だけ眩んだように細められる。
「はい、直哉様。何か御用でしょうか」
「茶や。ぬるいのはいらん、淹れ直せ。それから、奥の書庫の整理もあんたがやれ。他の奴らには触らせるな」
次から次へと投げつけられる命。それは主人が女中に命じる仕事というよりは、片時も自分の視界から逃さないための鎖のようだった。
彼女はその口元を艶やかに綻ばせる。
「左様でございますか。では、すぐにお支度いたしますね」
彼女が書庫へ向かえば、直哉は「進捗を見る」という名目でその後を追い、茶を持ってくれば「香りが気に入らん」と難癖をつけて、もう一度彼女を動かそうとする。
直哉の中にある独占欲は、が甲斐々々しく立ち働く姿を見るたびに、どろりとした熱を帯びて膨れ上がっていく。
「……疲れんのか」
ふと、書庫の隅で古い巻物を手にする彼女の背中に、直哉は問いかけた。
「直哉様のお役に立てるのですから、
この程度で疲れたりしませんよ」
「嘘つけ。顔に出んのをええことに、腹の中じゃ俺を嘲笑っとるんやろ。……それとも、夜の親父に比べれば、俺の注文なんて可愛いもんか?」
わざと下卑た言葉を投げかけてみる。
動揺を誘いたかった。彼女の「天女」のような仮面を剥ぎ取り、自分だけに見せる「醜い感情」を引きずり出したかった。
しかし、彼女はゆっくりと直哉の方を向き、ただ穏やかに小首を傾げた。
「……直哉様は、本当に寂しがり屋でいらっしゃいますね」
「なっ……!」
「昨日も申し上げたはずです。あまり根を詰めると、お体に障りますよ」
彼女は、直哉の暴言など初めから聞こえていないかのように、至近距離まで歩み寄る。
そして、彼の襟元に付いた小さな埃を、細い指先でそっと払った。
直哉は息を呑む。
あれをしろ、これをしろと命じているはずなのに、気づけばいつも彼女の「ペース」に引きずり込まれている。