第3章 【直哉×魔性女中】
直哉の苛立ちを孕んだ視線を、はいつものように柳に風と受け流す。
それどころか、彼女は一歩踏み込み、無防備に晒された直哉の額にそっと手を伸ばす。
「……っ、何すんねん」
反射的に身を強張らせた直哉だったが、その手は払えなかった。
細く、冷ややかな指先が、金色の髪を梳くように優しく撫でる。
十歳の頃、熱を出して寝込んだ彼に注がれた慈愛と、何一つ変わらない温度。
「直哉様。お顔に疲れが見えますよ。
今日はもう、お休みくださいませ」
「……誰に指図しとるんや。俺はまだ、やることも――」
「夜更かしは、毒でございます」
彼女は語尾に柔らかな笑みを滲ませ、指先で彼のこめかみを軽く押さえた。
その瞬間、直哉の脳裏を支配していた鋭利な思考が、霧が晴れるようにふわりと解けていく。
逆らえない。
この女の「穏やかさ」は、どんな術式よりも深く、彼の精神の奥底に根を張っている。
「……チッ」
直哉が毒気を抜かれたように視線を逸らすと、彼女は満足そうに口元を綻ばせた。
「おやすみなさいませ、直哉様。良い夢を」
深々と頭を下げ、彼女は音もなく部屋を後にした。
一人残された部屋で、直哉は自分の額に触れた。まだ、そこにはの指の感触と、微かな香香(こうばい)の匂いが残っている。
「……化け狸が」
吐き捨てた言葉とは裏腹に、直哉の心臓は、静まり返った部屋の中で酷く騒がしく波打っていた。