第1章 【直哉×働き者女中】
屋敷に戻ってからも、の心は晴れなかった。
元々、彼女はこの場所で働くことが嫌いではない。
夜明け前の静まり返った台所で、冷たい水に手を浸しながら米を研ぐ音。
洗濯板を叩くリズムに合わせて、他の女中たちと「昨日の夕飯の残りが美味しかった」だの「あそこの若旦那が男前だった」だの、他愛もない世間話に花を咲かせる時間。
それらは、厳しい階級制度と呪術の気配が渦巻く禪院家において、唯一、人間らしい温もりを感じられる瞬間だったのだ。
「……あ」
中庭を通りかかった際、井戸端で洗い物をしていた女中たちの姿が目に入り、は思わず足を止めた。
だが、彼女たちがの姿を認めた瞬間、それまで弾んでいた笑い声が、ふつりと途絶えた。
「……お疲れ様です、さん」
「直哉様のお供、ご苦労様でした」
どこか余所余所しい、壁を感じる声。一人が慌てて籠を抱え、逃げるようにその場を去ると、他の者たちも示し合わせたように散っていった。