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【呪術】短編集【禪院直哉】

第3章 【直哉×魔性女中】



三白眼を苛立たしげに細める直哉の前で、彼女はひどくゆったりとした動作で、こぼれた後毛を指先で掬い上げた。


柔らかな指が耳朶を掠め、黒髪が耳の後ろへと収まる。

その何気ない仕草ひとつに、直哉は言いようのない焦燥感を突き動かされた。


がこの屋敷にやってきたのは、直哉がまだ十歳の頃だ。

「……十年前から、ちっとも変わらんな。」


直哉の言葉は、感嘆というよりは呪詛に近い。
自分は子供から大人へと骨格を変え、術式を磨き、家督を継ぐための毒を飲み込んできた。
だというのに、目の前の女はまるで時間が止まっているかのようだ。



天女を絵に描いたような、あまりに清廉で、それでいてどこか浮世離れした穏やかさ。

その「清らかさ」が、直毘人の愛人という泥臭い噂と混ざり合い、直哉の頭をひどく混乱させる。




「直哉様も、立派になられました。あの頃はまだ、私の膝で本を読んでいらしたのに」


「……黙れ。いつの話をしとるんや」


彼女は、直哉の怒りなど春のそよ風ほどにも感じていない様子で、くすりと喉を鳴らした。
口元のほくろが、その動きに合わせて艶っぽく揺れる。


「お前も、いつまでも親父の陰に隠れとらんと、俺に従えばええんや」


直哉は、の細い手首を掴み、自分の方へと引き寄せた。


十歳の頃、自分を見下ろしていた彼女の視線。

今は、直哉の方が背が高い。



見下ろしているはずなのに、なぜか彼女の深い瞳の奥に吸い込まれそうな錯覚に陥る。



「……私の身の振りは当主様がお決めになることですから。」


「なんやと?」
「私は、この家の『影』でございますから」


そう言って微笑む彼女の顔は、慈愛に満ちた聖母のようでもあり、すべてを狂わせる魔性のようでもあった。



直哉の指に力がこもる。皮肉なことに、を組み伏せたいという欲求と、あの頃のようにその膝に顔を埋めたいという幼い渇望が、彼の中で醜く混ざり合っていた。
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