第2章 【直哉×甚爾元カノ】
翌日の夕刻、約束通りに玄関の格子戸が荒々しく鳴った。
「、はよ開けぇ! 」
鍵を開ける前から響くその声に、は思わず苦笑した。
扉を開けると、そこには任務帰りなのか、少し着崩した黒の和装に身を包んだ直哉が、苛立ちを隠そうともせずに立っていた。
「おかえりなさい、直哉くん。今日は任務だったんでしょう? お疲れ様」
「『お疲れ様』やないわ。自分、俺が来る言うたんやから、もっと門の前で三指ついて待っとけ言うたやろ。
……あー、しんど。最悪や、今日の任務は。雑魚の分際でちょこまか逃げ回りよって」
直哉は文句を並べ立てながら、の静止を待たずに奥の間へと上がり込む。
手にはどこか有名店の紙袋がぶら下げられていた。
「これ、食え。自分みたいな貧乏人が一生縁のないような高い菓子や。感謝して食えよ」
「あら、ありがとう。ちょうどお茶を淹れようと思っていたところよ」
直哉はソファにどっかと座り込み、ボタンを緩めると、大きく息を吐いた。
正直なところ、はこの状況をどう定義すべきか迷っていた。
甚爾とのあの日々は、嵐のように過ぎ去って。
彼が去った後のの人生は、地味な事務仕事と、この古い家を往復するだけの、色彩の乏しいものだった。
話し相手といえば、職場の同僚との儀礼的な会話か、近所の商店街での挨拶くらい。
そんな静かすぎる生活の中に、直哉という「騒音」が入り込んできた。
傲慢で、口が悪くて、自分をドブカス呼ばわりする八個も年下の青年。
けれど、彼がこうして不機嫌そうに今日の任務の愚痴をこぼし、安っぽいテレビ番組に毒づき、自分の淹れた平凡な茶を啜る。その「毒」を含んだ賑やかさが、今のにはどこか心地よかった。