第2章 【直哉×甚爾元カノ】
「あら、ごめんなさい。……少し、昔のことを思い出していたのよ」
「昔……? 甚爾くんのことか」
直哉の瞳に、隠しようのない嫉妬の火が灯る。
二十二を過ぎ、ますます甚爾に似てきた彼が、同時に甚爾とは決定的に違う「執着」を剥き出しにしてこちらを見ている。
「そんなに過去がええなら、一生思い出の中で生きてればええやん。……でもな、今ここに居るのは俺や。分かっとるやろ?」
回想の中の彼と同じセリフを吐く直哉に、は困ったような、けれど愛おしいような微笑みを向けた。
「そんなに怖い顔しないで。ほら、今日は直哉くんが好きな、筍と鰊の煮物よ。薄味にしてあるから」
は、立ち込める出汁の香りを纏いながら、煮物の鉢を直哉の前のテーブルに置いた。
直哉は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いているが、その鼻翼が僅かに動き、香りを拾っているのをは見逃さない。
「誰がそんなもん作れ言うたんや。俺はハンバーグがええ言うたやろ」
「挽肉がないのよ。ご気分に合わないかしら?
じゃあ、これは私が一人でいただくわね。
直哉くんには……そうね、コンビニで何か買ってきてもらいましょうか。甚爾くんがよく食べてた、あの脂っこいお弁当とか」
不服を言葉にせず、直哉は喉の奥で唸るような声を漏らした。
は動じない。
三十歳の余裕というものは、単なる加齢ではなく、相手の急所を優しく撫でる術を知ることだ。
「甚爾くんの名前出せば俺が黙ると思うなよ。自分、わざとやってるやろ」
「わざと? 何のことかしら。……あ、お箸、自分で取れるわよね? 当主様候補は、人の家でもお給仕を待つのがお仕事なのかしら」
はわざとらしく小首を傾げ、自分だけ先に箸を取る。丁寧に面取りされた筍を一口運び、小さく悦に入ったような溜息を漏らす。
その仕草一つひとつが、直哉にとっては「自分を男として見ていない」という何よりの拒絶に感じられるのだ。