第2章 【直哉×甚爾元カノ】
がこの古い町家に住み続けているのには、理由がある。
かつて、甚爾が禪院家という巨大な檻を壊して飛び出した時、一番最初に転がり込んできたのがこの家だったからだ。
「一晩、置けよ」
着の身着のままで現れた彼の、鋭くもどこか空虚な瞳。
この安っぽい畳の上で、二人で分け合った冷めたコンビニ飯。
貧しくて、先の見えない日々だったけれど、あの頃の記憶だけは、今もの心の中で剥製のように色鮮やかに残っている。
「……何、ぼーっとしてんねん。甚爾くんののことでも、反芻しとるんか?」
直哉が身を乗り出し、の顔を覗き込んできたあの日。
は、不意に視界を占拠した直哉の顔を、初めてきちんと見た気がした。
(……似てるのよね)
傲慢な物言いも、自分以外の人間を「弱者」と決めつけるような冷ややかな視線も。そして何より、その瞳の奥に、誰にも埋められない飢餓感を隠しているところが。
「直哉くん、さっきから顔が怖いわよ。……そんなに睨まなくてもも、私は死んだりしないわ」
は、自分に執着するこの若者の頬に、そっと掌を添えた。
甚爾は、自分を置いて行った。
けれど、目の前の直哉は、どれだけ突き放しても、どんなに冷たくいなしても、こうして雨の日も風の日も、わざわざ自分の元へ帰ってくる。
「……自分、ほんまに……」
直哉が、の手に自分の手を重ねた。
その手は、かつての甚爾のものよりも少しだけ若く、熱かった。
「あの人は死んだ。……でも、俺は生きとる。俺だけが、今ここに、自分に会いに来とるんや。
……分かっとるやろ?」
直哉の声が、雨音に混じって低く響く。
は何も言わず、ただ直哉の瞳を見つめ返した。
甚爾との貧しくも鮮やかな記憶を、この若く残酷な情熱で上書きされていくことを、半分ほど諦め、半分ほど期待しながら——。
…
「……。自分、また人の話聞いとらんやろ」
不意に現実の声が響き、はハッと我に返った。
振り返れば、直哉が、ソファで不機嫌そうに足を組んでいる。