第1章 【直哉×働き者女中】
「――待ち、……待て言うとるやろ!」
店を出たの背中に、直哉の悲鳴にも似た怒声が叩きつけられる。
────必要じゃない。
そんな言葉、今まで彼が女たちに吐き捨ててきたものだった。
けれど、まさか自分がその言葉で、心臓を抉り取られるような衝撃を受けるとは思いもしなかった。
「……っ、こら! 止まれ言うとんねん!」
直哉はなりふり構わず、人混みをかき分けて彼女を追った。
病み上がりの体に冷たい外気が突き刺さるが、そんな痛みはどうでもいい。
ただ、あの小さな背中が、自分との「繋がり」を一切合切断ち切って、知らない誰かの世界へ消えていくことへの恐怖が、彼を突き動かしていた。
角を曲がったところで、ようやくその腕を捕まえる。
「……離して! 警察を呼びますよ!」
「呼べや! 好きにせぇ! 俺が誰や思とんねん、そんなもん恐くも何ともないわ!」
声を荒らげる直哉の肩は、激しく上下していた。
振り返ったの瞳には、もうかつての敬愛も、困惑も、恐怖さえない。
ただ、冷え切った「拒絶」があるだけだ。それが直哉を一番、狂わせる。
「お前、本気で言うとんのか。俺が必要ない? 誰でもええ? ……ふざけんな。俺が、俺がどんだけ、お前の……っ」
喉まで出かかった『お前しかおらんねん』という言葉を、またしてもプライドが堰き止める。
けれど、その代わりに彼の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「な、直哉さま……え……?えぇ??」
呆然とする。
あの傲慢を絵に描いたような直哉が、白昼堂々、街角で女の腕を掴んだまま、子供のように泣き出したのだ。