第1章 【直哉×働き者女中】
直哉は反論しようと口を開きかけたが、続く言葉に金縛りにあった。
「自分を誰も愛してくれないから……家族の誰も貴方を貴方として見てくれないから、
私を愛してる振りすることで、私を消費して、寂しさ紛らわしてただけでしょ!」
心臓の奥が、どろりと焼けるような感覚。
確かに、家族の愛など知らなかった。
自分を崇めるか、利用するか、蔑むか。
そんな連中に囲まれて、直哉は「本物の愛」などという代物を見たことがなかった。
だから、女たちを飾り立て、愛でる「恋愛ごっこ」で、その中心にある空洞を埋めていただけだった。
けれど。
初めて、あの日。
朝から晩まで、あのシミ垂れた、呪いと伝統の煤で汚れきった禪院家の中で。
泥にまみれ、汗を流しながら、同僚と笑い合って働くを、廊下の端から見たあの瞬間のこと。
(……なんで、そんなに楽しそうに笑えるんや)
自分には一生手に入らない、命の輝きのようなものに、どうしようもなく惹かれたのだ。
初めて「好き」だと思った。
手に入れたい、この光を消したくない。
だから、彼女の手から汚れた雑巾を奪った。
冷たい水に触れさせたくなかった。
綺麗な服を着せて、贅沢をさせて、何不自由ない「姫様」にすることが、自分にできる唯一の、そして最高の愛し方だと思い込んでいた。
「……阿呆か。何が『消費』や」
直哉は、絞り出すように言った。
本当は、喉まで出かかっていた。
『お前に、苦労させたくなかっただけや。
代わりなんて、おるわけない…他の女中が死んだ目ぇして働いとる中で、お前が…お前だけが…。』
けれど、そんな言葉、死んでも言える性格ではない。
傲慢に、不敵に、人を踏みつけて生きてきたこの男には、素直な愛の言葉を紡ぐための語彙など、一つも持ち合わせていなかったのだ。
「……お前、自分の価値もわかってへんくせに、偉そうなこと言うな。俺が……俺が、どれだけ、お前を……っ」
言葉が続かない。
直哉の指先が、の肩を、折らんばかりに強く握りしめる。
その瞳は怒りに燃えているようでいて、捨てられた子供のように、ひどく怯えていた。