第1章 【直哉×働き者女中】
季節の変わり目、屋敷のなかで猛威を振るった流行病は、深窓の姫のように囲われていたの体をも容易に蝕んだ。
高い熱に浮かされ、呼吸をするのも苦しいなかで、彼女の視界に映っていたのは、いつもと変わらぬ傲慢な直哉の顔。
「……お前はほんまに、手がかかるなぁ」
文句を言いながらも、直哉は他の女中を部屋に入れようとはしない。
自ら粥の器を持ち、不慣れな手つきで匙を口元へ運ぶ。
次期当主ともあろう男が、下賤な病人の世話を焼くなど、本来なら有り得ない光景だった。けれど、その献身こそがにとっては何よりの毒であり、薬だった。
(ああ、愛されている。私は、この人の特別なんだ……)
その安心感に包まれ、がようやく快方に向かい始めた頃。
代償を払うかのように、今度は直哉に病が移った。
「直哉様…私のせいで…ごめんなさい。
今度は私にお世話させて下さい。」
青白い顔で伏せる直哉のもとへ、は駆け寄る。
今まで何もさせてもらえなかった分、今こそ彼の役に立ちたい。自分の体調を顧みず、ようやく「役割」を見つけた喜びで胸を震わせていた。
しかし、差し伸べられたその手は、冷淡に振り払われる。
「……寄るな。お前は、あっちへ行け」
「ですが…っ」
「五月蝿い。またうつったらどうするんや。俺の視界から消えろ」
それは、今までのような甘い独占欲とは違った。
底冷えするような拒絶。
直哉は、病に冒された己の無様な姿を彼女に見せたくないのか、あるいは彼女の体を案じているのか。その真意は分からないまま、は強引に部屋から追い出された。