第1章 【直哉×働き者女中】
直哉の囲いの中での暮らしは、かつて泥にまみれていた頃とは別世界のようだった。
「ほら、これもお前に似合う思てな」
差し出されるのは、市井の女中が一生かかっても手にできないような、滑らかな絹の着物や細工の凝った簪。
直哉は、まるで精巧な人形を愛でる子供のように、熱心にを飾り立てた。
何も持たなくていい、と言われた両手には、代わりに甘い菓子や美しい贈り物が次々と載せられていく。
かつてはあんなに誇りに思っていた指先の豆も、直哉が毎日欠かさず塗る高価な薬香のおかげで、いつの間にか跡形もなく消えてしまった。
「なんや、そんなに俺の顔見て。」
直哉は、かつて屋敷の誰もが見たことのないような、穏やかで柔らかな眼差しをに向ける。
彼は今まで、誰かに何かを与えることを知らなかった。
奪い、支配し、踏みつけることでしか己を証明できなかった男が、という存在にだけは、自分が欲しくてたまらなかった全霊の愛情を注ぎ込んでいた。
何もできなくていい。
価値などなくていい。
ただ、俺のそばで笑っていればいい。
当初はあんなに苦しかったその言葉が、いつしかの心を深く浸食していった。
(私は、ここにいてもいいんだ……)
朝、暗いうちに起きて水仕事をしなくても、誰かに頭を下げて居場所を乞わなくても、直哉は自分を肯定してくれる。
冷たい井戸水ではなく、彼の指先の熱。
棘のある陰口ではなく、彼が囁く甘い独占欲。
かつての同僚たちが遠巻きに自分を見る視線に、もはや痛みを感じなくなっている自分に気づく。
彼女たちの住む世界はあまりに遠く、そしてあまりに寒々しく思えた。