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【呪術】短編集【禪院直哉】

第4章 【直哉×無関心女中】


煮えくり返るような腹立たしさを抱えたまま、直哉は荒々しい足取りで厨房へと向かった。


一言、文句を言ってやらねば気が済まない。

「調子に乗るな」でも「その紅は似合わん」でも、何でもいい。とにかく彼女の平穏を乱し、自分と同じだけの動揺を与えてやりたかった。


「おい、。ちょっと来い」

苛立ちを隠そうともしない低い声。


呼びかけに応じ、厨房の奥から彼女が姿を現した。
朝餉の支度の真っ最中なのだろう。

立ち込める真っ白な湯気の中から現れた彼女は、湿り気を帯びた空気に蒸され、その肌が驚くほどしっとりと濡れそべっていた。


直哉は息を呑み、反射的に言葉を失った。


一睡もできず、苛立ちと情欲の残滓にまじまじと焼かれた自分とは対照的に、内側から発光するような艶を放っている。


そして、彼女の顔にはうっすらとだけ化粧が施されている。

湯気に濡れて少しだけ潤んだ唇に乗った、淡い赤。
まるで体温そのものが滲み出したかのような、あまりにも無防備で生々しい色彩だった。


「……何か、御用でしょうか。直哉様。」


曇りなき瞳で、真っ直ぐに自分を見上げてくる。

その無垢な視線に射抜かれた瞬間、用意していた罵詈雑言がすべて喉の奥に張り付いた。



惨めなのは自分だ。彼女一人にこれほどまでに振り回され、独りで勝手に溺れている。

「…チッ」
結局、吐き出せたのは子供のような精一杯の舌打ち。

直哉は彼女の顔も見ずに、逃げるように厨房を後にし
そのまま、彼は屋敷を飛び出した。

戻ればまた、あの静謐な「美」に毒される。
それが耐え難かった。



昼は任務に没頭し、狂ったように呪霊を屠った。
飛び散る返り血も、厭わしい呪詛も、今の彼にとっては脳裏にこびりついた彼女の輝きを塗りつぶすための絵具に過ぎない。


そして夜が来れば、酒を煽り、群がる女たちを無機質に抱く。


(あんな泥臭い女……。僕の世界には、もっと相応しいもんがいくらでも……!)


酒の香りと女の香水の匂い、そして生臭い血の臭い。


五感を刺激するそれらをいくら重ねても、ふとした静寂の合間に、湯気の中で艶めいていた彼女の白い肌と、薄く引かれたあの「紅」の残像が、鮮明に、残酷なまでに直哉の意識を支配し続けていた。
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